東京高等裁判所 昭和25年(う)3030号 判決
然し乍ら原判示第六第七及び第八の趣旨は、前段に説明したとおりであつて、その趣旨において然る以上、それぞれ原判示と起訴状の記載との間に所論の如く相異があるにしても、その相互の間の公訴事実の同一性において異るものはないのみならず、各所論の如き相異は、所論各原判示事実と起訴状の記載事実の両者において彼此同一な被告人等の共謀にかかる恐喝事実の一態様乃至は一経過に関する相異にすぎないのであつて、斯かる事柄について裁判所が起訴状の記載と異る事実を認定するにつき、敢て釈明を要すべき限りでもなければ、特に被告人の防禦に不利益をもたらすものがない以上訴因変更の手続を行わなければならないものでもない。而して、記録によれば原審は当該記載の各公訴事実を中心として適法に証拠上の審理を尽し、具体の経過上事の自然として当然審理の上に現われた証明事実を認定しているのであつて被告人側において防禦の機会乃至その由のない公訴事実とは全くその性質を異にする事実を認容しているわけではないのであるから、原審が訴因の変更手続を行わずして起訴状に記載するところと異る事実を認定した違法があると主張する所論は採用するに由がない。従つて亦以上の各理由により原判決には刑事訴訟法第三百七十八条第三号に所謂審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法ありとすることもできない。論旨はすべて理由がない。
(弁護人控訴趣意第二点)
一、原判決は、訴因変更の手続によることなくして起訴状記載の事実と違つた事実を認定した違法がある。
昭和二四年一二月七日附起訴状中訴因一の記載によれば「青木において取押へ安田方に保管を命じて立ち去るや、被告人山田は北村、安田に対し正式に処分されゝば価格三倍の罰金をとられ品物は没収され税務署からは脱税で処分される。何とか揉消運動をせねばならぬと申向けて同人等を畏怖せしめた」と云うのであるが、原判決は「第六、青木が取押へ同人等に検挙処罰されることを暗示して以て同人等を畏怖せしめ」とあつて恐喝した者が全く別人である。又その手段方法について起訴状は「被告人山田が価格三倍の罰金をとられ、品物は没収され云々何とか揉消運動をせねばならぬと申向けて畏怖せしめた」と云うに対し、原判決は「青木が取押へ云々と暗示して畏怖せしめた」とあつてこれ亦全く違つた事実を認定している、更に又問題の取引について起訴状によれば被告人山田の仲介による真実の売買であるに対し、原判決は闇取引を仮装したものと認定している。
およそ恐喝罪において、何人が如何なる手段方法によつて、何人を畏怖させたかは最も重要な事実であつて原判決が独断で起訴状の訴因を変更して認定することはできない。
喝取したという綿糸についても起訴状は「北村が九万円、安田が三万円を支出する旨を承諾せしめ、その金策の為の綿糸一二括を交付せしめ」とあるに対し、原判決は「揉消運動費名下に綿糸一二括を交付せしめて喝取し」と認定している。起訴事実によれば被告人が一二万円の金策の依頼を受け、そのため綿糸を預かつたもので喝取と云うような状況ではないともみられるに拘らず原審は何等の釈明も行わず、独断で綿糸自体を喝取したと認定している。
二、原審判決第七、第八の事実についても同様であり、起訴状は何れも真実の取引であると云つている対し、原判決は、全部仮装の闇取引だと認定している。
本件の取引が全く仮装の闇取引だとすれば青木警部補の行為は恐喝の手段に用いたと云う疑いがでてくるのであるが、もし真実の売買取引だとすると、正当な職務の執行であるのが常態であるからこの取引の真偽如何と云うことは本件犯罪の成否に重大な影響を来すこととなり適法な訴因変更の手続によらずして原審が独断で訴因と異つた認容をすることは許されないと云わなければならない。
しかるに原審は刑訴第三一二条の手続を執つたことが公判調書に記載されていないのであるから刑訴第三七八条第三号により破棄を免れないものと信ずる。